日誌

【柔道部】歴史の創造者たれ

26日、計量と調整練習のため都内へ現地入りした宮工柔道部。

正則学園の道場をお借りして1時間ほど汗を流した後、昼食をとって宿泊先のホテルへ移動しました。

靖国通りをまっすぐ歩きながら見えるのは神田古書店街。風情のある建物が違和感なく街並みに溶け込んでいます。明治期に大学が設立されたこの地域は、江戸時代は儒学の中心地で、その教えが軸になっている大学や病院も多くあります。たとえば、順天堂大学の『順天』。これも中国の書物に由来します。生徒の一人が「落ち着いていいところですね」と話していました。もちろん、勝つ一心で臨む3日間ですが、訪れた土地で気づきを得るのも人生を豊かにする大切な経験です。

ライトアップされた武道館に元気をもらい、27日は個人戦です。

今年も、電光掲示板の傍に部旗を並べることができました!コロナ禍の時に校長を務められた清水先生も応援に来てくださいました。清水先生、お忙しいところありがとうございました。

「全員が一番になろうと思ってここへ来ている、楽な試合は一つもないよ」と、鯉渕監督が言うとおり、どの会場でも迫力ある試合が続きました。宮工から出場した2名の選手も善戦します。

《個人戦結果》

81kg級 青柳
1回戦
黒木(長崎・長崎日大) ◯  相手選手の反則負けによる勝ち
2回戦
中谷(和歌山・初芝橋本) ◯  有効
3回戦
梅津(山形・山形工業) △  合わせ技

63kg級 篠宮
1回戦
土屋(大阪・大商大付属) △  僅差

 

28日。『宮工柔道部』の団体戦です。

練習開始の合図とともに、我先にと畳に向かう選手たち。6人はいつもと同じように鯉渕監督の指示を聞いた後、息を上げました。

 

やはり、全国の一勝は厳しいです

「もっと試合をしたかったのが本音だけど、宮工柔道部らしく粘り強い試合ができた。ここへ連れてきてくれてありがとう。誇りに思う。」

「強いだけの人じゃいけない。自分の力だけでここにこれたわけじゃない。帰宅したら必ず、保護者の方にお礼を言おう。」

「ここで終わりじゃない。次の試合は始まってるよ。」

部員たちは、監督の言葉をひとつひとつ、真剣に聞いていました。

今年もまた、大宮工業高校の名前が歴史に刻まれます。大きな大きな節目です。

今日まで、関係者はもちろん他校の方々からも「宮工の名前をなくすなんて」と、複雑な思いが聞かれました。

『歴史の創造者たれ』

花園で初優勝を果たした伏見工業高校・山口監督の言葉です。伏見工業高校は2016年の学校統合で京都工学院高校となりましたが、ラグビー部は伝統の精神とユニフォームを受け継いでいます。名前こそ変わりますが、私たちもこれまでと思いは同じ。新・宮工柔道部も受け継ぐものを持っている集団です。

保護者の皆様、OBの皆様、学校関係者の方々。たくさんの応援をありがとうございました。