【柔道部】強い宮工
14日、教員として後輩たちの試合を観戦してくれたのは岡安先輩。団体戦では疲労の残る部員たちを思いやってくださいました。その同級生で、ともに鯉渕監督の下で稽古を積み全国選手権にもそろって出場した杢先輩は、決勝の動画を観て「どちらもいい試合しましたね!」とコメントをくださいました。
こうした先輩方の思いはとてもありがたいです。
15日の団体戦、居ても立ってもいられなくなり、試合場に降りて島村に必死にアドバイスをしてくれたのは水島です。重量級の後輩を育てるのが役目と思ってくれているからでしょうか。準決勝の結果に「悔しいんだよなあ」と言ったのは長瀬。たとえ練習試合であっても、納得がいかないと自身に腹を立て涙を流すほど気持ちの強い選手です。
一緒に稽古をしてきた先輩の後ろ姿を真似るところから、自分を鍛えることは始まるのではないでしょうか。
怪我をして試合を離れている山﨑は「自分が出てたら……」と申し訳なさそうに口にしていました。
チームの力になれない不甲斐なさは責任を感じているから。ただ、こんな一言を言わせてはいけません。
強い宮工がどうやって継承されたか。それはやはり、ひとりひとりの「強くなりたい」思いの結集ではなかったかと思います。
卒業生の話では、レギュラーでない部員は本立ち乱取りができなかったとか、レギュラーの部員がそれ以外の部員を練習相手にしないから汗をかかないで終わる日もあったとか、シビアな現実があったそうです。そういう環境に身を置いていると“宮工で柔道をする覚悟”が自ずと芽生え、強くなるために何をすべきかを考えるようになる、それが自分を育ててくれたと語ってくれた方もいます。卒業生たちの3年間を伺っていると、強いからこそ宮工柔道部の一員であるという信念をもって稽古に励む緊張感が常にあったのだと感じます。また、それまで自分を軽くあしらっていた先輩が、結果を出した途端、手のひらを返したように態度が変わったと言う経験をされた方もいらっしゃいました。強さに先輩も後輩もない、『強いことが誇りのチーム』を裏付けるエピソードではないでしょうか。
今回、頂点を目指した飯島と粕谷の稽古の雰囲気は明らかに違っていました。その空気を感じ取った部員がどれだけいたか。真剣に2人を追う1年生が何人いるか。「強い宮工」をつくるのは部員たちです。
疲労の回復を図るため、今日まで3日間のオフ。大会後の監督の言葉を振り返り、明日のトレーニングから意識の変化が見られることを期待します。